なぜ英語? モチベーションを共有する大切さ
現状の日本社会で生活するには、英語は必要不可欠なものではありません。小学生低学年にとって、親の誘導なしには触れる機会すらないものでしょう。
そのような環境で高度な英語力を身に着けるには、「なぜ英語を学ぶのか」を親子で共有し、機会あるごとにそこへ立ち返ることがとても大切だと実感しています。
大げさですか?でも親が思う以上に子供は賢いと思いますし、する理由を理解できない作業を強制するのは苦行でしかありません。
「英検合格」「英語で会話ができた」「発音を誉められた」などといった心理的報酬を得られる機会が少ない学習初期、だいたい1年間ほどは、「学ぶ理由」を私が幾度となく意識して伝えるよう努めました。
親の言葉で列挙すれば次の通りです。
1.将来の入試対策として
高校入試にしろ大学入試にしろ、英語の試験が求められないことは通常ありません。
2.複眼的な視点を持つための訓練として
異なる言語には異なる論理展開があります。その背後にある異文化に触れることで、日本文化を深く理解することができます。
3.学ぶ大切さを身に着ける手段として
英語の資格を取得するためには毎日の愚直な努力が求められます。これは学校の他教科においても、さらに社会人になってからも学び続けることの大切さを身に着けることに通じます。
これらをどのようにかみ砕いて子供に伝えたか、次回以降のエントリで書いていきます。